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伝統的酒造りの登録無形文化財への登録について

文化庁参事官(食文化担当)

令和3年10月15日、伝統的酒造り(保持団体:日本の伝統的なこうじ菌を使った酒造り技術の保存会)を登録無形文化財に登録すべきとの答申が文化審議会から文部科学大臣に提出されました。

一、日本の酒

我が国に固有の酒には、日本酒をはじめとして焼酎、泡盛、みりんがあり、これらは世界的にみてもユニークな製法によって造られています。

例えば、日本酒は最大で約20%のアルコール分を含みますが、同じ醸造酒に分類されるワインでは約15%となっており(注①)、このことからもわかるように、高いアルコール度数を実現できる日本の酒の製法は、世界的に見ても傑出した存在となっています。その理由は、並行複発酵と呼ばれる独自の発酵法を基盤としていることによります。そしてこの発酵を支えているのがこうじです。食の世界では、米や麦等にこうじ菌を繁殖させたものを、こうじと呼んできました。漢字では麹や糀と書きますが、ここでは酒税法にならって平仮名で表記しています。

(注①)これに対して焼酎やウイスキー等は蒸留酒に分類される。

ちなみに並行複発酵とは、こうじの力で原料のデンプンを糖に分解する過程と、酵母の力でアルコールを生成する過程を、並行して行う発酵様式のことであり、ワイン(単発酵)及びビール(単行複発酵)と異なって、発酵の進行を高度に調整する能力が求められます。

酒の造り手である杜氏や蔵人たちは、近代科学が成立・普及する以前の時代に、経験の蓄積によって酒造りの製法を探り出し、巧緻な手作業のわざとして築き上げてきました。

二、酒造りの歴史

酒は、日本の食文化の歴史において、最も古くから定着しているもののひとつであり、例えば『古事記』には、「八俣大蛇」を退治するために「八塩折りの酒」を造って飲ませた話が描かれています。技術的な観点からは、奈良時代の『播磨国風土記』にも注目しておきたいところです。同書には、神に供えた蒸米に生えたカビを用いて酒を醸した話が登場しており、当時からカビの生えた米(=こうじの原型)を用いた酒造りのなされていたことが分かります。

平安時代の国家制度を知ることのできる『延喜式』によれば、宮中で造られる酒には白酒黒酒を始めとして13種類が存在していました。ここには、原料として水の代わりに(おそらく薄い)酒を用いた酒造りや、こうじではなく小麦萌(=麦芽)を用いる造り方も書かれており、現代では用いられていない多様な製法を見つけることができます。平安時代初期における酒造りは、朝廷の役所のひとつである「造酒司」(みきのつかさ・さけのつかさ)が中心となって行っていました。このわざは、技術者の流出によってやがて民間へと広まっていき、市中の造り酒屋や、大きな権力をもった寺院でも酒が造られるようになります。鎌倉時代の造り酒屋には資本力があり、土倉といって金融業者を兼ねることも多く、京都には多くの土倉が存在していました。

室町時代に入ると、近畿地方の大寺院で造られた酒が、僧坊酒と呼ばれて高く評価されるようになります。奈良の興福寺塔頭や菩提山正暦寺、大阪の天野山金剛寺、滋賀の百済寺などはその代表格です。

さらに、酒造りの方法にも大きな特徴が生まれることになります。それは段仕込みと呼ばれる方式(現在は原料を3回に分けて投入する三段仕込み)が定着するなど、我が国特有のバラこうじを用いた製法が確立することです(これに対し、中国等で用いられているこうじは、餅状やレンガ状にした原料に、日本とは種類の異なる菌を繁殖させたものであり、餅こうじと呼ばれています)。これによって現代に引き継がれている製法の基礎が固まることになりました。また、精白した米を用いた諸白と呼ばれる高品質の酒も広がっていき、乳酸菌等の微生物を利用して有用な酵母の増殖を図る製法(=「菩提泉」)も誕生します。

中でも特筆すべきは、火入れ殺菌の登場でしょう。ヨーロッパではL・パスツールが19世紀に低温殺菌法を発見するのですが、日本の酒造りではこれと類似した手法を16世紀にすでに編み出しており、酒の保存性を高めるために利用していたのです(『御酒之日記』)。

海外より蒸留器が伝来し、発酵を終えたもろみ(注②)を蒸留することで、アルコール度数をさらに高めた酒(焼酎・泡盛)を製造することが可能となったのもこの時代です。これらのことから室町時代は、日本の伝統的な酒造りにおいて、わざの原型が成立した時期であると捉えられます。

(注②)米等の原料を溶かし込んだ流動状のもの。

江戸時代になると、幕府は米の需給を安定させるため、米を原料とする酒造りに対して統制をかけ、新米の出回る時期(秋の彼岸頃)における新酒造りを禁止します。これによって冬期の製法である寒造りへの集中が進み、農閑期の出稼ぎ者等を担い手とする杜氏制度が生まれました。

技術面では、江戸時代前期に現在とほぼ同じこうじ造りの作業体系に到達していたことが分かっており(『童蒙酒造記』)、後期には仕込みの配合も現在の内容に近くなり、酒質は甘口から辛口に変わっていったと推察されています。他方で、甘さを追求した酒であるみりんも江戸時代を通じて誕生・普及し、飲用に加え、調味料(例えばうなぎの蒲焼き用)として利用されるようになりました。

明治時代に入りますと酒造りの近代化と大型化が進み、それまで手作業で行っていた製法に機械が導入されるようになります。昭和初期の堅型精米機の登場は、高度な精米を可能とすることによって原料の吸水作業の重要性を高め、手作業で行う細やかな水分調整のわざを生み出すことに繋がりました。

古代に端を発する日本の酒造りのわざは、長年の歴史的発展によって技巧性が高められ、それに伴って酒の品質も向上を遂げてきたのです。

三、伝統的酒造りのわざ

酒を造る工程は複雑であり、酒の種類によっても異なっています。そのため今回の文化財登録では、酒造りの共通基盤であり、かつ、最も重要な工程であるこうじ造りを中心に焦点を当てています。わざの要件は3点からなり、いずれも手作業によるものを原則としています。

まず1点目は原料処理についてです。ここでは水分調整と蒸す作業を経て、酒造りに適した状態に原料を整えることとしています。例えば日本酒の場合、ストップウォッチで時間を計りながら原料の吸水量を調節することもあります。

2点目はこうじ造りです。ここでは米または麦に、酒造りで伝統的に用いられてきたこうじ菌を繁殖させること、及び、木蓋・木箱(もしくはこれに準じた機能をもつ器具)を使って作業を進めることとしています。木蓋等を用いた作業では、繊細なわざによって製造途中のこうじの温度や湿度を調整するため、高度な技量が要求されることとなり、酒造りの核心的なわざのひとつとなっています。こうじ菌等の様子を観察しながら次の作業へと移るタイミングを見極めることも重要なポイントです。

3点目はもろみの発酵管理です。もろみの状態を見極めながら、並行複発酵を適切に進め、目的とする酒の味や香り等を、水以外の物品の力を借りることなく実現することとしています。

以上のように伝統的酒造りのわざは、古代から連綿と続く歴史をもっており、そこで培われた高度なわざは、現代においてもしっかりと受け継がれています。みなさんも食文化に秘められた素晴らしいわざに目を向けてみてはいかがでしょうか。

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