読み上げる

「大量打ち上げ」から考えるマリモの秘密

文化庁文化財第二課(天然記念物部門)

6月4日に、阿寒湖で大量のマリモが岸に打ち上げられました。
周期的に起こる、マリモの集団を維持する現象とのことですが、マリモは大丈夫なのでしょうか?
特別天然記念物「阿寒湖のマリモ」について、詳しく紹介します。

「大量打ち上げ」はマリモの危機?

「マリモ大量打ち上げ」。6月15日に、このような見出しのニュースが出ました。目にした方もいらっしゃると思います。6月4日に北海道の阿寒湖周辺で吹いた強い南風が原因で、阿寒湖の北側にあるチュウルイ湾沿岸に大量のマリモが打ち上げられました。詳細は調査中ですが、1300㎡の範囲に打ち上げられており、2013年の打ち上げと同規模とみられています。

大量打ち上げは、近年では1995年、2002年、2007年、2013年に起きていて、5〜9年周期でみられる現象です。これだけ聞くと、マリモが絶滅するのではないかと心配になりますが、ご安心を。打ち上げは、マリモの生活史(一生)のなかで起こる自然現象であり、チュウルイ湾のマリモの集団を維持する上で重要なものなのです。

マリモは大きくなると球体の中心部が枯れて空洞になります。このため水流に流されやすくなり、強風が吹くと岸に打ち上げられます。打ち上げられた大型のマリモは破損し、複数の破片になりますこの破片が波によって湾内に運ばれて成長し、小さな球状のマリモになります。マリモはこの破損と再生を繰り返す生活史を送り、チュウルイ湾のマリモの集団を維持しているのです。

この仕組みがわかったのは1999年のことです。それまでは、マリモの打ち上げは被害であると考えられ、打ち上げ防止対策が検討され、被害から救うために人の手で湖に戻していました。集団を維持するプロセスであることがわかった現在では、自然を管理することにおいて必要最小限度の干渉に留めることが望ましいため、人の手で戻すことが必要なのかよく考える必要があります。そして、チュウルイ湾のマリモの量が減少している現状を踏まえ、一定量以上の大量打ち上げの際には、マリモの量を維持するために人の手で湖に戻すことにしています。

マリモは「毬」の形をした「藻」?

前に述べた大型マリモの破損について、マリモは大丈夫なのかと疑問に思われた方もいらっしゃるかもしれません。「毬藻」という名前が示すとおり、マリモは球状の生き物なのでしょうか?実はマリモは、長さ3〜4cmの糸状の緑藻です。

この糸状の生き物が石に着生したり、多数集まって塊(集合体)になったりして生育しています。集合体のうち、球状になったものが一般的に知られているマリモで、ここでは球状マリモと呼ぶことにします。球状マリモの破損は、1つの集合体がばらばらになり小さな集合体になる現象です。

糸状のマリモは北半球の高緯度地域に広く分布し、日本では北海道内の湖沼のほか琵琶湖(滋賀県)や山中湖(山梨県)など、17湖沼で確認されています。そのほとんどが糸状体か集合体であり、球状になるマリモは極めて稀です。「阿寒湖のマリモ」は、世界で唯一、大型の球状マリモの生育地として特別天然記念物に指定されています。

マリモはなぜ、丸い?

阿寒湖のマリモは、どうやって球状になるのでしょうか?その秘密は阿寒湖の気候と地形の絶妙な組み合わせにあります。マリモが球状になるためには、まず湖底で回転しなければなりません。球状マリモの回転は、風によって生じる波が湖底に伝わることで起こります。

波の強さは、風の強さや風が通る水面の距離などで決まります。チュウルイ湾の場合、対岸までの湖面の距離が2km以上あり、沖から岸に向かって風速5m/s以上の風が吹くとマリモの回転が始まります。波が強すぎれば打ち上げられたり沖に流されたりしますが、波が弱ければ回転できないために光が当たらない側が成長できずに球状を維持できません。球状に育つためには、球全面で光合成ができるような適度な回転が必要なのです。

また、球状マリモが大きく育つためには光と栄養が必要です。チュウルイ湾は、遠浅で球状マリモの生育に適した明るさの水域が広く、水が濁りにくい砂質の湖底です。阿寒湖東部の湖底からはナトリウムやカリウムなどの栄養に富んだ水が湧き出し、チュウルイ湾に流れ込んでいます。

このように、球状マリモを回転させる波が生じる気候と地形、マリモの生育に適した湖底の地形・地質や栄養といったさまざまな要因が絶妙に組み合わさってできた環境であることが、大型の球状マリモが生育する秘密なのです。

マリモの危機

岸に打ち上げられることさえ生活史(一生)の一部になっている球状マリモは、どんな生育環境の変化にも耐えられる強い生き物と思われたかもしれませんが、決してそうではありません。そもそも、球状マリモは阿寒湖ならどこにでもいるわけではなく、絶妙な環境条件が揃った場所にしかいません。1920年代初めまでは、チュウルイ湾を含めて4つの湾に生育していました。

しかし、1940年代初めまでに、木材伐採に伴う土砂流入によって2つの生育地が消失しました。また、1950年代まで行われた水力発電のための過剰な取水や観光船の乗り入れ、1980年代まで続いた生活排水の流入による富栄養化、盗採などによって、球状マリモの量は著しく減少しました。

1973年と1985年の調査の結果、この12年間にチュウルイ湾の球状マリモの量が約4割減少したことがわかりました。また、1997年と2019年の調査結果から、1985年以降はチュウルイ湾のマリモの量はほぼ変わっておらず、1973年以来の減少からマリモの量は回復してないことも明らかになりました。

阿寒湖では、各課題への対策により球状マリモの消失は免れていますが、世界では短期間のうちに絶滅した例もあります。アイスランドにあるミーヴァトン湖は、かつて阿寒湖と並んで有名な球状マリモの生育地でした。しかし、湖底からの資源採取などに伴う環境の変化によって2006年頃から急激に減少し、2014年には消失しました。このように、マリモは決して環境の変化に強い生き物ではなく、非常に繊細なものなのです。

現在、阿寒湖の球状マリモが直面している危機の一つに、水草の繁茂があります。水草が繁茂すると、湖底が暗くなり、マリモを回転させる波が弱くなります。また、水草が枯れてできた泥が湖底に堆積します。このため、2014年度以降、専門家からなるマリモ科学委員会の指導のもと、釧路市教育委員会が球状マリモの生育環境の改善を目的に、水草の除去試験に着手しています。

自然環境の変化を予測することは困難であり、保全措置がかえって裏目に出ることさえあります。このため、水草の除去試験は、球状マリモに対する影響を確認しながら慎重に進められています。

また、除去試験のために使う船の影響も無視できません。船のスクリューに水草が絡まって切れると、その切れた水草が根を生やし、増殖します。また、スクリューがつくる水流が泥を舞い上げると、水が濁って湖底が暗くなり、泥がマリモに降り積もります。このような生育環境の悪化は球状マリモ消失のリスクとなるため、船の乗り入れを増やさないように注意が必要です。水草除去の範囲や方法などについても検討し、生育環境の悪化につながらないように試行錯誤を繰り返しながら取り組んでいるところです。

終わりに

いかがだったでしょうか大量打ち上げという、一見マリモがいなくなってしまうのではと驚くようなニュースをきっかけに、世界で唯一、大型の球状マリモの生育地であり、特別天然記念物に指定されている阿寒湖のマリモの秘密や、水草の繁茂という新たな危機、それに対する保全の取り組みについて紹介してきました。

皆さんが知っているマリモですが、実は絶滅の恐れがあり、これ以上の生育環境の悪化は防がなければなりません。より多くの方が、釧路市教育委員会や地元の皆さんの活動に注目し応援くださると保全の励みになります。まだわかっていないことも多いため、研究の進展による新しい発見が楽しみでもあります。これからもマリモから目が離せません。マリモを未来に伝えるために、文化庁も釧路市や専門家、地元の方々と協力してマリモの保全に取り組んでいきます。

<音声トップページへ戻る>