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トップアスリートとの特別対談 スポーツ庁長官 室伏広治のアスリート近影
上地結衣選手(車いすテニス)編

スポーツ庁競技スポーツ課

室伏スポーツ庁長官が、トップアスリートの生の声に迫ります。

新型コロナウイルス感染症により、2020年、世界は一変しました。東京オリンピック・パラリンピックも1年延期となり、大きく変わってしまった日々の中で、トップアスリートはどのような想いで戦い、何を感じているのでしょうか。
日本を代表するアスリートの「今」に迫り、彼らの言葉や姿勢を通じてそれぞれの競技やアスリート自身の魅力、さらには社会におけるスポーツの力を発信していくため、トップアスリートと室伏スポーツ庁長官との対談を実施しました。
3月号に掲載した第1弾(羽根田卓也選手(カヌー)、木村敬一選手(パラ水泳))に引き続き、今回は、車いすテニスの上地結衣選手と陸上競技の澤野大地選手との対談内容を抜粋の上で一部編集して紹介します。
(ファシリテーター 櫻木 瑶子 大臣報道官)

上地 結衣選手との対談

上地 結衣選手

ロンドン(2012)、リオデジャネイロ(2016)の2大会連続で五輪に出場。前回のリオ大会において、車いすテニスでは日本人としてこの種目初のメダルとなる銅メダルを獲得。2020年の全豪・全仏をはじめ、グランドスラムでの優勝も多数。

※この対談は、2021年3月に実施したものです。

競技を始めたきっかけは何だったのでしょうか。

上地選手 私は、生まれつき二分脊椎症という障害なのですが、小さい頃から本当に身体を動かすことが好きだったので、得意な科目は、と言われると、できないことはすごく多かったのですが、体育が一番好きでした。しかし、やはり成長とともに障害が進んでいって、車いすを使用しなければならないということになったときに、少し気持ちが内向きになったというか、室内にこもるようなことが多くなってしまいました。

 それを見ていた両親が、何か車いすでもできるスポーツを、と思ってくれたことがきっかけで、最初は車いすバスケを始めました。大人の方たちの中に混ぜてもらっていたので、難しい部分もたくさんあったんですけれども、バスケットもすごく楽しくやっていました。そんなときに、4歳離れた姉が中学校の部活動で軟式テニス部に入部したことがきっかけで、「わたしもお姉ちゃんと一緒にテニスがやりたい」ということで、車いすテニスを始めました。

 テニスっていうのは、ネットを挟んでするスポーツなので、自分が頑張ってボールを相手コートにさえ返すことができたら大人の方とでも戦い合えるっていう、良くも悪くも自分次第というところにすごく魅力を感じて、「もっと強くなりたい」、「もっとこの人に勝ちたい」という目標が次々に出ていって、いつの間にか仕事にまでなっています。

室伏長官 車いすバスケをされていたんですね。

上地選手 今もバスケットはしたくなります。しっかり長いラリーをものにするっていうのがわたしのプレースタイルなのですが、そのときに重要になるテニスの車いす操作っていうのは、わたしは恐らくバスケットで学んだと思います。

室伏長官 テニス一本で来たのではなくて、他のスポーツから経験を生かされているというのは素晴らしいと思います。

初めてメダルを獲得したリオ大会は、2度目のパラリンピック出場でしたが、どんな大会だったのでしょうか。

上地選手 初めて出場した2012年のロンドン大会のときに女子の金メダルマッチを観て「あぁ、メダルを獲ることってすごいことなんだな」と思ったのと、そのあとに国枝選手(国枝慎吾:2004年アテネ大会男子ダブルス、2008年北京大会・2012年ロンドン大会男子シングルスの金メダリスト)が、実際に金メダルを獲得された姿を観て、素直に「良いな」って思ったんですよね。18歳という高校卒業のタイミングだったこともあって、ロンドン大会が終わって何か他のことをやりたいなっていう気持ちもあったのですが、ロンドン大会のそうした経験で、やはりリオ大会を目指してテニス一本でやりたいと決断しました。そのような中で、リオ大会は、金メダルを目指して4年間戦ってきましたし、コーチと二人三脚、それから、周りで支えてくださっている方たちと一緒に取り組んできた結果、残念ながら、銅メダルだったので、ロンドンがすごく楽しい大会だったっていうふうに表すなら、リオは悔しさばかりの大会でしたね。ただ、自分が日本にメダルを持ち帰ったときに、触ってもらって見てもらって、皆さんがすごく喜んでくださって「あぁ、よかったね」って言ってくださって、初めて「みんなにメダルを見せられてよかったな」と思いました。自分の試合は、すごく不甲斐なくて、悔いが残る試合ばっかりだったのですが、皆さんの喜んでいる顔を見て、獲ってよかったなっていうふうにほっとしました。

室伏長官 車いすテニスでは、国枝選手が長く競技で活躍されていて、女子も日本の選手がこうやって活躍していますが、何かその要因や日本の強みというのはあるんですか。

上地選手 国枝選手や齋田選手(齋田悟司:1996年アトランタ大会から2016年リオ大会まで6大会連続パラリンピック出場。2004年アテネ大会では、国枝選手と組んだ男子ダブルスで金メダル獲得)のような方たちが、どんどん海外に行ってくださったからわたしたちが続けたと思うので、やっぱり憧れの選手の存在っていうのは大きいなと思います。背中を追いかけさせてもらえるっていうのは、すごく光栄だと思いますし、今グランドスラムで国枝選手と一緒の舞台で戦えるっていうのは、すごく自分にとっても誇りです。

室伏長官 きっと、上地選手に続く選手もいるでしょうね。

上地選手 わたしは国枝選手と10歳離れていて、これから始めてくれる子たちも、みんなの憧れは、一番はやっぱり国枝選手がいいと思っています。わたしは、国枝選手の域に達するまでにはすごく長い距離があると感じると思うので、私は、その間にいる身近な存在に感じてもらえたらなと思います。

いよいよ東京大会だ、というときに、今回の新型コロナウイルスの拡大で、心境的にはいかがでしたか?

上地選手 中止というのは一番残念だなと思っていたので、延期でも開催してもらえるというだけでもよかったなと思いました。また、1年延期になったので「じゃあこの間に、また新しいことができるんじゃないか」と思い、そういう意味ではすごくポジティブに活動できていたのではないかと思います。

室伏長官 今回、コロナによって世の中の状況が変わってしまって、何かこういうときだからこそ、気づいたことなどはありますか。

上地選手 元々、たくさんの人の支えがあって、自分がテニスコートに立ってプレーできていると分かっているつもりではいたんですけれども、今回、改めて、会場だったり、警備の方や清掃の方だったりを見かける機会が増えたので、わたしたちが気づかないところで、自分たちが想像していたよりもたくさんの人たちのおかげで成り立っているんだなっていうのを感じました。もちろん感謝の気持ちはあるんですけれども、やっぱり、だからこそ成功させないといけないと思いますし、だからこそ、自分が活躍している姿や、「やってよかったな。自分たちが頑張ってよかったな」っていう風に思ってもらえるようなプレーを、わたしたちがしないといけないな、とすごく感じました。

室伏長官 スポーツ庁で調査をしたところ、障害者の方のスポーツの実施率がなかなか上がってこないんですね。場合によっては1年に1回もやらないとか。(スポーツを始めるには)何かきっかけが必要なようなんですが、きっかけづくりとしてどういった取組をすると良いと思いますか。

上地選手 スポーツというと、恐らく、テレビで観たことのある方たちは、やっぱりプロフェッショナルな方たちで、それを思い浮かべるのだと思います。でも、例えば、歩くことも運動じゃないですか。何でもスポーツだって思うんですけど、「自分にはできないな」とか、ウォーキングとかランニングは「スポーツに入らないな」と思ってやめてしまうような人たちがいるんじゃないのかなって。「これでもスポーツ」、「これでも運動」っていう風に思えたら、もっともっと「じゃあこれもできる」っていう幅が広がってくると思いますし、やってみたいっていうことも増えてくるんじゃないのかなと思います。

室伏長官 どんなことから始めたら良いですか。

上地選手 小さい頃に、卓球をさせてもらったことがあるんですね。そのとき指導してくださった方は、「卓球はやっぱり当たらないと面白くない、返らないと面白くない」と思ってくださって、わたしにラケットを握らせて「ここで構えててね」って言って、構えていると常にラケットの面に当ててくださるんですよね。今思い返すと、そういうふうに、何とか楽しませる、何とかできるようにっていうことを考えてくれる人たちがいたから、わたしもいろんな競技を体験することができたのだと思います。

室伏長官 ラケットを構えていて、「あれ、いつの間にか、わたし打ってるんじゃないかな」って思う瞬間があるわけですよね。そうすると、ちょっと振ったらちょっと強い球が打てたとかにつながっていくから、本当にそういう入口のところが大事なんだなと思います。

この動画を御覧になっている国民の皆様へメッセージ

上地選手 東京大会では、シングルスで金メダルを取ることが、今一番に目標としていることですが、約1年間、皆さん大変な思いをされて、いろいろな立場の方が、難しい中で生活をしてこられたと思うので、皆さんの努力なしには、わたしたちは海外にも行けなかったと思いますし、この1年間活躍することもできなかったと思います。なので、感謝の気持ちというか、「東京パラリンピックやってよかった」と言ってもらうためには、わたしたちがメダルを獲る瞬間を観てもらうとか、日本人が活躍するっていうところで、皆さんに、「やったね、よかったね」、「開催されてよかったね」と思っていただけるように頑張らないといけないなと思います。

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