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令和元年度スポーツ功労者顕彰式(プロスポーツ関係者)を開催

スポーツ庁参事官(民間スポーツ担当)

令和2年7月27日(月)、令和元年度スポーツ功労者顕彰式(プロスポーツ関係者)を文部科学省旧庁舎6階第二講堂にて執り行いました。
(本顕彰式は令和2年3月に開催する予定でしたが、新型コロナウイルス感染症の拡大を受け、延期していたものです。)

スポーツ功労者顕彰(プロスポーツ関係者)とは
文部科学省では、世界的規模のスポーツ競技会において、優れた成果を上げたり、多年にわたりスポーツの向上発展に貢献したりすること等によりスポーツの振興に顕著な功績をあげた方をスポーツ功労者として顕彰しています。その中でも、今回の顕彰は、特に、プロスポーツ関係者を対象としたもので、平成2年度以降、累計で140人の方々を顕彰してきました。
7月27日(月)、新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い延期をしていた令和元年度スポーツ功労者顕彰式(プロスポーツ関係者)を萩生田文部科学大臣、鈴木スポーツ庁長官の出席の下、開催しました。

令和元年度のスポーツ功労者(プロスポーツ関係者)の方々
令和元年度は、次の5名の方々が顕彰されました。(順不同、敬称略)
・長田 力【公益社団法人日本プロゴルフ協会】
1984年にプロ選手登録。レギュラーツアーにも数多く出場し、1995年には岐阜オープンで優勝。また、トーナメント出場の傍ら、所属するゴルフ場においてツアー通算8勝の小田孔明プロをはじめとした多くの後進を指導されてきました。
2003年から2005年まで日本プロゴルフ協会の会長を務め、シニアツアーを6試合から8試合に増加させ、また、賞金総額を2億6000万円から3億1000万円に増額させたりすることなどを含め、日本プロゴルフ界の発展に大きく寄与されました。
・西野 政章【公益財団法人日本相撲協会】
力士・魁輝として、182センチ・144キロの体格で重い腰を生かした寄りを得意とし、全盛期の北の湖に2連勝するなどの活躍でファンを魅了し、敢闘賞も1回受賞されました。
引退後は、友綱部屋の師匠として、優勝5回の大関・魁皇や昭和以降最年長優勝の旭天鵬など、長くファンに親しまれる力士を育成。その一方で、日本相撲協会の理事を8年間務めるなど、相撲界の発展にも大きく尽力されました。
・中村 均【日本中央競馬会】
1977年に28歳の若さでJRA調教師免許を取得。1988年にはJRA賞(優秀技術調教師)を受賞し、2019年2月の引退までに通算722勝(歴代49位(当時))を上げるなど、長く活躍されてきました。また、一般社団法人日本調教師会の会長を3期6年間務めるなど、中央競馬の発展に多大なる貢献をされてきました。
・武 豊【日本中央競馬会】
1987年にJRA騎手免許を取得し、その年に新人最多勝記録(当時)を記録。翌1988年にはJRA史上最年少での4歳(現3歳)五大クラシック競走制覇を成し遂げ、その後もJRA所属騎手として初の海外GⅠ競走制覇(1994年)、史上最速かつ最年少でのJRA通算1000勝達成(1995年)などを果たし、2018年には前人未踏のJRA通算4000勝を達成。加えて、デビュー以来34年連続重賞競走勝利、歴代最多GⅠ競走勝利など、我が国の競馬史上において、燦然と輝く数々の記録を打ち立ててこられました。
・高橋 国光【株式会社日本レースプロモーション】
1958年に第1回全日本モーターサイクル・クラブマンレースに18歳で参加し、350ccのクラスで優勝。翌年は500ccのクラスに参加して優勝。世界大会にも進出し、優秀な成績を収めましたが、レース中の事故を機に二輪レースを引退。その後は四輪レースで活躍し、59歳で現役を引退するまでに二輪・四輪を合わせて71勝を記録されました。現役引退後は日本のモータースポーツを統轄する一般社団法人日本自動車連盟(JAF)の理事、二輪レースを統轄する一般財団法人日本モーターサイクルスポーツ協会の理事を歴任。また、自動車レースの運営団体である株式会社GTアソシエーションの会長を務めるなど、二輪・四輪の競技の発展に大きく貢献されてきました。

顕彰式当日の様子
今回の顕彰式には、被顕彰者5名のほか、団体関係者や報道関係者を含め、総勢約100名が出席しました。
萩生田文部科学大臣からの挨拶では、「新型コロナウイルス感染症の影響で、多くのプロスポーツが中止・延期又は無観客での開催を余儀なくされている。そのような中で、プロスポーツが、いかに日常生活に潤いを与える存在であるかということを改めて実感し、また、プロスポーツの有する社会的価値の大きさを再認識している。」とスポーツの力についての言及がありました。
さらに、「プロスポーツに携わる方々にとっては、感染防止とビジネスの両立という極めて難しい課題に取り組まれることになるが、是非とも英知を結集して成功に導いていただきたい。」との期待が伝えられるとともに、「文部科学省としても、ガイドラインの作成やスポーツイベント再開への支援を進めたい。」との発言がありました。
その後、被顕彰者一人一人に対し、心からの祝意と感謝を込めて、顕彰状と銀杯が授与されました。

スポーツ功労者(プロスポーツ関係者)の一言
長田氏:「私がゴルフを始めてから支えてくれた家族や友人たち、そして長きにわたってお世話になっている諸先輩方やゴルフ関係者の皆様に、深く感謝する。ゴルフ界の応援部隊として、体が続く限り、これからも様々な形でゴルフ界をサポートしていきたい。」
西野氏:「昭和40年、13歳で相撲部屋に入門し、55年間相撲一筋でやってきた。自分がこれまでやってくることができたのは人の力、特に諸先輩方から様々な生き方を教えてもらうことができたおかげ。そうした周りの支えがあって今の自分がある。」
中村氏:「学校を出てから、昨年調教師を引退するまで、約50年間、馬と共に競馬一筋、長い道を歩んできた。自分の生涯を競走馬にささげてきた。今回の賞は、私一人で頂いたものではない。同業の人々から御支援を受け、同じサークルのみんなが一生懸命頑張って頂いた賞である。」
武氏:「昭和62年に騎手としてデビューし、今現在も騎手としてレースに向かわせてもらっている。本当にここまで多くの方々、そして、馬たちに支えられて、今日、この場にある。そして、今現在、競馬は無観客だが、開催を続けさせていただいている。こういうときにこそ、スポーツの力、アスリートの力を発揮したいと一同頑張っている。」
高橋氏:「自分がモータースポーツに関心をもったのは、63年前、18歳の頃だった。武蔵小金井育ちで、多摩の田舎道を走っていたが、まだ東名高速もない時代だった。私は運良く本田宗一郎さんに出会い、ジェット機もない時代に、プロペラ機でヨーロッパまで往復していた。それから二輪においても、四輪においても、本当に多くの人たちに助けられ、レース生活を60年も送ることができ、感謝している。この顕彰を大事にしたい。」

終わりに
新型コロナウイルス感染症の感染拡大は、スポーツ界にも大きな影響を及ぼしています。東京オリンピック・パラリンピック競技大会が延期になったことをはじめ、プロ・アマ問わず、様々な大会やイベントが中止、あるいは規模の縮小を余儀なくされています。それでも、あの2011年、東日本大震災の影響が残る中で、サッカーの「なでしこジャパン」が女子ワールドカップで優勝し、日本中に感動をもたらしたように、人々に活力を与える「スポーツの灯」は絶やすわけにはいきません。スポーツイベントの実施には選手や関係者をはじめ、多くの方々の協力が必要になります。文部科学省としても、スポーツを「する」、「みる」、「ささえる」、全ての観点で国民がスポーツに親しめるよう、引き続き取り組んでいきます。

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