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史跡等の指定・登録について

文化庁文化財第二課

史跡名勝天然記念物の指定等、登録記念物の登録が答申されました。

文化庁では、歴史上又は学術上価値の高い遺跡、芸術上又は鑑賞上価値の高い名勝地、学術上価値の高い動物・植物・地質鉱物のうち重要なものを、「史跡」「名勝」「天然記念物」に指定し、保存と活用を図っています。
11月16日に開かれた文化審議会文化財分科会において、特別史跡の新指定1件、史跡名勝天然記念物の新指定19件、追加指定等29件、登録記念物の新登録5件が答申されました。
この結果、官報告示後に、史跡名勝天然記念物は3299件、登録記念物は117件となる予定です。以下、新指定等の案件について、その概要を紹介します。
なお、より詳しい解説や、追加指定等については、文化庁ホームページを御覧ください。
「文化審議会の答申(史跡等の指定等)」
http://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/1422552.html

特別史跡の新指定 1
埼玉古墳群
埼玉県行田市
5世紀末から7世紀初頭にかけて大宮台地の先端に築かれた、前方後円墳8基、大型円墳1基及び小型円墳群からなる我が国を代表する古墳群です。墳長120mの前方後円墳である稲荷山古墳から出土した辛亥年の紀年銘を持つ金錯銘鉄剣は、古墳時代研究に欠くことのできない資料として他の副葬品とともに国宝に指定されています。調査・整備・活用の取組を長期にわたり継続し優れた実績を上げており、我が国文化の象徴として極めて重要です。

史跡の新指定 1
小山崎遺跡
山形県飽海郡遊佐町
縄文時代中期末から後期を中心とする集落と、周辺の水辺環境の利用を目的とした土木構造物である水辺遺構が良好な状態で保存されている遺跡です。遺跡周辺には鳥海山麓の美しい自然景観が残されています。古環境に関する豊富な知見からは、環境の変化に応じて集落の在り方が変化していく様子を知ることができます。本州日本海沿岸北部における縄文文化を解明する上で重要です。

史跡の新指定 2
磯浜古墳群
茨城県東茨城郡大洗町
茨城県中部、那珂川・涸沼川水系の河口部に位置する古墳時代前期から中期初頭の古墳群です。前方後円墳2基、前方後方墳1基、円墳1基ほかの6基からなります。古墳群で最大の日下ヶ塚古墳は墳長101.4mの大型前方後円墳で、鏡・石製模造品・玉類など約4,000点の豊富な副葬品が出土しました。古墳群最後の車塚古墳は直径約88mで、全国屈指の規模を誇ります。古墳時代前期から中期初頭の関東における古墳の展開を考える上で重要です。

史跡の新指定 3
上野国多胡郡正倉跡
群馬県高崎市
和銅4年(711)に建郡された、上野国多胡郡の田租や出挙で徴収した稲などを収納する倉庫群跡です。群馬県の中央部を流れ利根川に合流する鏑川の南側の段丘上に位置しており、世界の記憶でもある特別史跡多胡碑の真南約350mに当たります。発掘調査によれば、121㎡の大型礎石建物が検出され、瓦や炭化米、小型弓などが見つかり、正倉の創建は8世紀前半とみられます。律令国家の税の徴収や地方支配の在り方を考える上で重要です。

史跡の新指定 4
神明貝塚
埼玉県春日部市
奥東京湾最北部の汽水域に形成された縄文時代後期前半の馬蹄形貝塚を伴う大型の集落遺跡で、同種の遺跡の中でも最大級の規模を誇ります。集落域と貝層のほぼ全体が良好な状態で保存されていたことで、集落構造の詳細な変化を知ることができます。また、出土した豊富な動植物遺存体と石器からは、集落を営んだ人々の生業形態とその地域性を知ることができる点で重要です。

史跡の新指定 5
午王山遺跡
埼玉県和光市
埼玉県東南部、荒川を望む独立丘陵上に位置する弥生時代後期の大規模な環濠集落です。150棟以上の竪穴建物と丘陵縁辺部に掘削された多重の環濠が検出されました。中期後半から後期中葉までの集落の構造の変遷が明らかとなっており、関東では少ない同時性が確認できる多重環濠のある集落遺跡であるとともに、北関東系や南関東系の複数の他地域の出土遺物が認められ、関東における弥生時代後期の地域間交流の実態を考える上で重要な集落遺跡です。

史跡の新指定 6
光明山古墳
静岡県浜松市
5世紀中葉に天竜川東岸の丘陵先端に築かれた墳長83mの前方後円墳です。墳丘は2段築成で葺石と埴輪を持ち、特に後円部上段には基底部から墳頂まで続く葺石の区画石列が良好に残ります。それまで古墳が造られなかった内陸交通の要衝の地に突如として築かれた、当該時期においては東海地方でも屈指の規模を誇る前方後円墳であり、古墳時代中期の古墳築造の在り方の転換を明瞭に示す事例として重要です。

史跡の新指定 7
永原御殿跡及び伊庭御殿跡
滋賀県野洲市・東近江市
徳川家康、秀忠、家光が上洛の際に利用した宿泊所や休憩所跡です。これら将軍の上洛は、将軍宣下や大坂冬の陣・夏の陣など幕藩制の確立期に行われました。両御殿とも中山道の脇街道である朝鮮人街道付近にあります。永原御殿跡は宿泊施設で、本丸、二の丸などからなり、本丸には堀と高さ3mの土塁が残ります。伊庭御殿跡は休憩施設で、単郭であり石垣が残っています。将軍の権威を示すために行われた上洛の実態を知る上で重要です。

史跡の新指定 8
安宅氏城館跡
和歌山県西牟婁郡白浜町
列島の東西を結ぶ海上交通の結節点である紀伊半島南部を本拠とする水軍領主、安宅氏により造られた城館群です。安宅氏の本拠である安宅氏居館跡、その詰城である八幡山城跡をはじめとする五つの城跡からなります。豊富な史料と良好な状態で保存されている城館群は、鎌倉時代から戦国時代の水軍領主の活動や領域支配の実態と紀伊半島の政治情勢を知ることができる希有な事例です。

史跡の新指定 9
大元古墳
島根県益田市
日本海を望む丘陵上に4世紀後葉に築かれた墳長85mの前方後円墳と径12mの円墳です。自然地形を巧みに利用して造られており、そのため後円部はいびつな形をしています。日本海側に面する墳丘より下の斜面部分には基壇状の造成がなされ、古墳を一回り大きく見せる効果を果たしています。古墳時代前期の前方後円墳としては本州の日本海側で最も西に築造されたもので、古墳の各地への展開とヤマト政権の影響の広がりを知る上で重要です。

史跡の新指定 10
讃岐国府跡
香川県坂出市
古代、讃岐国の政治・行政を担った役所跡です。発掘調査により国府成立の前段階から衰退に至る、7世紀中葉から13世紀にかけての国府域の変遷が明らかになりました。また讃岐守を勤めた菅原道真による漢詩集である『菅家文草』の記載や付近の地割などから国府と周辺景観を復元することができるなど、古代国家による地方支配の実態を知る上で重要です。

史跡の新指定 11
引田城跡
香川県東かがわ市
瀬戸内海に突き出た丘陵上に立地する、戦国時代に讃岐国を治めた生駒氏により整備された城跡です。瀬戸内海の海上交通の要衝地であり、かつ、阿波国との国境付近という軍事・経済上の拠点に当たり、高松城、丸亀城とともに生駒氏による領国支配の拠点として機能しました。慶長期の城郭が良好に保存されているだけでなく、豊臣系大名の経済・軍事政策や領国支配体制を知る上で重要です。

史跡の新指定 12
阿恵官衙遺跡
福岡県糟屋郡粕屋町
古代、糟屋郡の郡家(郡役所)で、政庁、正倉といった役所を構成する施設が良好な状態で検出されています。また、西海道駅路等の古代の幹線道路網の結節点に立地するなど、古代の役所の立地環境が判明しました。成立は郡という行政区画が成立する以前の7世紀後半まで遡り、8世紀後半までその変遷をたどることができるなど、地方役所の立地や成立時期、変遷を考える上で重要です。

史跡の新指定 13
杵築城跡
大分県杵築市
豊臣政権から江戸幕府の成立、安定へと向かう社会・政治情勢の変化に応じて、丘陵上に主要施設を配し舟入を伴う段階、舟入を埋め立て、藩主御殿を構築するとともに台山地区の城郭を破却する段階へと、その構造が大きく変化することが確認されました。また、「一国一城令」による破却以前の城の建物構成や構造が分かるなど、江戸時代初期の城郭の実態を知る上でも重要です。

史跡の新指定 14
鹿児島島津家墓所
鹿児島県鹿児島市・指宿市
垂水市・姶良市・薩摩郡さつま町
鹿児島藩主島津家歴代の墓所、一門家(越前・加治木・垂水・今和泉の各島津家)の墓所、一所持の宮之城島津家の墓所として営まれたものです。藩主家の墓所では、墓碑に山川石という石材を用いて、一門家より規模の大きい宝篋印塔を造立しています。国持大名や有力家臣団としての威厳と風格を備え、一定の規範のもと各墓所の独自性も認められ、鹿児島藩における墓制、階層構造を知る上で貴重です。

史跡の新指定 15
白保竿根田原洞穴遺跡
沖縄県石垣市
多量の化石人骨を伴って後期旧石器時代に当たる更新世末期の墓葬及び墓域が発見された、日本で初めての事例です。完新世初頭から縄文時代後期に当たる時期の墓葬と合わせて、石灰岩洞穴や岩陰を利用した葬送習俗の長い歴史をたどることを可能としました。20個体以上の化石人骨が出土したことから、人骨そのものからも遺伝学的、形質人類学的な重要知見をもたらした点で画期的な意義を持ちます。

名勝の新指定 1
成田氏庭園
青森県弘前市
江戸時代末期から近代にかけて津軽地方に特徴ある作庭技法を継承した大石武学流庭園の優秀な事例のうち、流派の作庭規範を典型的に示しているとともに全体構成を良好に伝えています。大石武学流宗家5代の池田亭月の代表作として重要なものです。

名勝の新指定 2
對馬氏庭園
青森県弘前市
江戸時代末期から近代にかけて津軽地方に特徴ある作庭技法を継承した大石武学流庭園の優秀な事例のうち、観賞軸線を斜めとする点に特徴を有しています。大石武学流宗家5代の池田亭月から宗家6代の外崎亭陽への作庭流儀の継承を考える上で重要なものです。

名勝の新指定 3
須藤氏庭園(青松園)
青森県弘前市
江戸時代末期から近代にかけて津軽地方に特徴ある作庭技法を継承した大石武学流庭園の優秀な事例のうち、明治時代末期に宗家4代の小幡亭樹により作庭されたと伝えられる庭園です。座観と逍遥の観賞形式を併せ持ち、亭樹の作庭技法をよく示している点で重要なものです。

名勝の新指定 4
哲学堂公園
東京都中野区
哲学館(後の東洋大学)創始者の井上圓了が、精神修養の普及を目的として、ソクラテス、カント、孔子、釈迦を祀った四聖堂を明治37年に建築した私設公園を起源とするもので、昭和時代初期にわたって造営された哲学を主題とする都市公園の固有な事例です。

登録記念物(遺跡関係)の新登録 1
二ヶ領用水
神奈川県川崎市
慶長16年(1611)、多摩川右岸の低地(稲毛領・川崎領)の新田開発を目的として開削された用水です。近代以降、桃畑や梨畑にも利用され、昭和になると工業用水としても利用されました。現在、農業・工業用水としての役割をほぼ終えましたが、一部区間は市民が親しめる空間として整備されています。近世・近現代の川崎の歴史を理解する上で意義深いものです。

登録記念物(名勝地関係)の新登録 1
染谷氏庭園
千葉県柏市
江戸時代に名主役を務めた染谷氏の庭園です。
主屋に南面する庭園、長屋門等の建造物、旧畑地のほか、アラク山と呼ばれる屋敷林等が一体となって、幕末から近代にかけて整備された旧家の屋敷地の地割や庭園の様子をよく伝えています。

登録記念物(名勝地関係)の新登録 2
魚津浦の蜃気楼(御旅屋跡)
富山県魚津市
発生地域や時期が限定される稀有な上位蜃気楼を生じる魚津浦の沿岸において、寛政9年(1797)に加賀藩主前田治脩が参勤交代で滞在した際に出現した蜃気楼を描かせた「喜見城之図」が残されています。その滞在場所であった御旅屋の跡地を登録するものです。

登録記念物(名勝地関係)の新登録 3
長峯氏庭園(旧河原氏庭園)
長野県長野市
江戸時代の松代城下に整備された3系統の水路を現代まで保ち、簡素なつくりの中に武家の庭園の趣を伝える池泉庭園です。西に象山を控え、門の前を沿道の水路である「カワ」、敷地内を「泉水路」と畑地の水路である「セギ」が通ります。

登録記念物(名勝地関係)の新登録 4
横山氏庭園
三重県三重郡菰野町
菰野地域の旧家である横山氏が、昭和43年(1968)に書院の新築と茶室の移築を行った際に、重森三玲に設計を依頼して造られた庭園です。心字形に築山を築いた表庭、斜線状の区切りを設けて間に赤砂と白砂を交互に敷いた裏庭等が特徴的です。

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