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特集1
百舌鳥・古市古墳群の世界遺産登録
~世界遺産として評価された古代日本の古墳文化の価値と魅力~

文化庁 文化資源活用課 文化遺産国際協力室
百舌鳥・古市古墳群世界文化遺産登録推進本部会議(大阪府・堺市・羽曳野市・藤井寺市)

令和元年7月6日,アゼルバイジャンで開催されたユネスコ世界遺産委員会において日本政府より推薦していた「百舌鳥・古市古墳群」が世界遺産に登録されました。日本で23件目の世界遺産となります。日本列島には16万基にもおよぶ多数の古墳が残されており,鍵型の平面形をなす「前方後円墳」に代表される日本の古代墳墓は,世界的にもユニークな歴史的な遺産として高い評価を得ました。本特集では新しく誕生したこの古墳群の価値と魅力をお伝えします。

第43回世界遺産委員会報告
文化庁 文化資源活用課 世界文化遺産推薦 係長 畑英行
世界遺産の保全に係る審議
世界遺産委員会は、世界遺産条約(正式には、「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」)を締結している193か国から選挙で選ばれた21か国で構成される政府間委員会です。
世界遺産委員会というと、毎年どんな世界遺産が新たに誕生したかということに注目が集まりがちですが、世界遺産条約に規定された締約国の義務である「自国の領域内に存在する遺産を認定し、保護し、保存し、整備し、将来の世代へ伝えることを確保する」ために、毎年多くの時間を費やして議論が行われています。今年の委員会では、166件の世界遺産の保全状況に関する審査が行われました。そのうち54件は危機遺産に登録されている遺産です。世界遺産は武力衝突、自然災害等,様々な危機に直面しています。
審査の結果、2件の世界遺産が危機遺産一覧表から解除され、世界遺産条約の目的である遺産の保護が達成されたことが確認されました。

世界遺産一覧表への記載に係る審議
今回の委員会にむけて、43件の世界遺産の推薦書が提出されていました。そのうち事前に取り下げられた案件を除く35件の審議が行われました。その結果、日本から推薦された「百舌鳥・古市古墳群」を含む29件(文化遺産24件、複合遺産1件、自然遺産4件)が新たに登録され、また1件の複合遺産の拡張を行うことが決定されました。この結果、世界遺産は1121件(文化遺産869件、複合遺産39件、自然遺産213件)となりました。
「百舌鳥・古市古墳群」は、諮問機関ICOMOSより、「世界遺産一覧表に記載すべき」との勧告を受けていたところ、委員会の審議においても、①古代の社会・政治的な構造が示されていること②1600年にもわたり守られ、現在は市街地にありながらも、高いレベルの法的保護のもとに保存管理されていること③開発圧力に対する住民運動によって保護された古墳が構成資産に含まれていることといった点が特に委員国に評価され、登録を勝ち取りました。今回の登録により、日本の世界遺産は合計23件(文化遺産19件、自然遺産4件)となりました。

世界遺産として認められた「百舌鳥・古市古墳群」の顕著な普遍的価値
筑波大学 人間総合科学研究科 助教
(元文化庁 世界文化遺産部門 文化財調査官) 下田一太
古代の社会的構造を解読する物証としての古墳群
世界各地には歴史的に数多くの墳墓が築かれました。エジプトのピラミッドや秦の始皇帝陵をはじめ、世界遺産に登録されている墳墓も少なくありません。こうした墳墓はその規模の巨大さから、埋葬された人物が有した強大な権力の在り様を私たちに想起します。
百舌鳥・古市古墳群の中にもまた、雄大な規模を有する墳墓が含まれています。仁徳天皇陵古墳は墳長が500メートル近くにも及び、周囲の濠や堤を含めればその敷地の長さは800メートル以上になります。そのほかにも応神天皇陵古墳や履中天皇陵古墳等の複数の古墳は墳長が300メートル以上に至る世界的にも極めて稀有な巨大墳墓です。こうした古墳の際立った巨大性によって、人類史における特異な建造物であることを説明し、世界遺産に登録することも可能であったかもしれません。
しかしながら、この遺産では巨大性とは異なる三つのポイントに焦点を当てて世界遺産としての価値を説明しました。第1のポイントは、群として築造された多数の古墳が、古代の社会や政治的な構造を解き明かすための有用な物証となっている、というものです。古墳は群として密集して造られ、それらの古墳の規模と形は多様です。日本における長年にわたる精緻な考古学的研究の蓄積は、この多様性にある秩序を見いだし、その秩序から大王を頂点とする当時の社会や政治の様相を高い精度で推察することに成功してきました。
百舌鳥・古市古墳群は4世紀後半から5世紀後半の日本列島における権力構造の階層性の頂点にあって、墳長500メートルにも及ぶ古墳から約20メートルのものまで際立った規模の格差があることで、階層性の大きさを示しています。また、その形状は前方後円墳、帆立貝形墳、円墳、方墳の四種類が認められます。こうした規模の格差と墳形の組合せ、またこれら古墳の配置関係、そして発掘調査による遺物の分析等の結果から古代王権の形成過程の一端を読み解くことができるのです。古墳群の配置を眺めてみると、一見して大小様々な古墳が無秩序に配置され、また前方後円墳は自由な方向を向けて造られたようにも見えますが、こうした多様な古墳とその配置は、当時の社会構造を読み解くための手掛かりであったのです。

葬送儀礼の舞台としての古墳
世界遺産の価値として主張された第2のポイントは、古墳が亡くなった人物を埋葬する施設であったばかりでなく、葬送のための儀礼の舞台でもあった、という点です。世界各地に築かれた墳墓の多くでは、石棺や木棺、あるいはこうした棺を納めた石室などが墳丘のかなり下方に設けられました。つまり、多くの場合は亡くなった人を埋葬する儀礼がまず執り行われ、その後にその棺の上に墳丘が築かれたことになります。
一方、今回推薦された古墳では先に墳丘が築かれ、その後に墳頂から墓穴が掘り込まれ石室や棺が納められたことが明らかになっています。前方後円墳のように特徴的な形をした墳丘は、亡くなった人をあの世に送るための儀式が執り行われた舞台でもあったのです。墳丘上は多数の埴輪によって飾り立てられ、白く輝く丸石が一面に敷き詰められることで、壮麗な儀式の場として整えられました。こうした墳墓の利用の在り方は世界的にも特徴的であるのです。

権力誇示のための構造物としての古墳
百舌鳥・古市古墳群の第3のポイントは、この古墳群が大阪湾に面した台地上に位置するという立地に関係しています。かつて古墳群が築かれた時代、巨大な人工的構造物である百舌鳥エリアは、大阪湾の洋上から臨むことができました。中国大陸や朝鮮半島から長い船旅の末に、瀬戸内海を経て日本列島に上陸しようとする来訪者たちは、巨大な古墳の威容を目にして、高度な建造技術と集約的な労働力をコントロールし得た王権の存在に圧倒されたことでしょう。この古墳群は当時の日本の第一印象を決定づける表玄関に位置していました。古墳は激動する東アジア情勢にあって、日本における古代王権の権勢を他国に誇示するためのモニュメントとしての性格もまた併せ持っていたのです。最大の規模を誇る仁徳天皇陵古墳は、その北に位置する反正天皇陵古墳と南に位置する履中天皇陵古墳とともに、台地の縁にあって大阪湾に対して前方後円墳の側面を並べて配しており、強く洋上からの眺望を意識していたことは間違いありません。
古墳時代を経て、日本はより強い大陸文化の影響のもとに飛鳥時代や奈良時代へと至ります。中華世界が形成した法体系や都市計画、新たな宗教である仏教など、様々な思想や技術、文物が導入され、日本列島は新たな歴史的段階を迎えることになります。王権統制の一手段として墳墓を築いた時代もまた幕を閉じることとなりました。古墳群は人類史における特徴的な一場面を象徴していると言えるでしょう。百舌鳥・古市古墳群の登録によって、世界遺産という人類史、地球史を語る一覧表に新たなページが加えられました。

「百舌鳥・古市古墳群」構成資産の紹介
大阪府教育庁 文化財保護課 木村啓章
資産の特徴
「百舌鳥・古市古墳群」は、大阪平野の南端の台地上に位置し、堺市の百舌鳥エリアと羽曳野市・藤井寺市にまたがる古市エリアを形成しています。両エリアは東西に並んでおり、当初は相互に視認できる位置関係にありました。それぞれ半径約2㎞の範囲に多数の古墳が一世紀以上にわたり連続的に築造されました。
両エリアは北に大阪平野をのぞみ、百舌鳥エリアは大阪湾を西にのぞむ台地上に、古市エリアは東に石川をのぞむ台地上に巨大な古墳をはじめとする大小様々な古墳群が密集して立地しています。百舌鳥エリアのうち、仁徳天皇陵古墳や履中天皇陵古墳などの古墳は、台地の西縁部に等高線と墳丘主軸線を並行させるように前方部を南に向けて造られており大阪湾からの眺望を大いに意識した場所と墳丘の方向が選ばれていました。古市エリアでは、北側の段丘の下に大阪平野から奈良盆地へ向かう交通路が走っており、このエリアの古墳群もまた眺望を強く意識して築造されていました。
このように両エリアでは地形の特徴を有効に活用して、大小様々な古墳が密集して築造されました。当時の地形の様子は今日でも良好に維持されています。
構成資産は、45件49基(次ページ)の資産からなっています。そのうち百舌鳥エリア21件23基、古市エリア24件26基で、前方後円墳21基、帆立貝形墳7基、円墳7基、方墳14基から構成されます。墳丘長は500m近くに及ぶものから20mの小規模のものまで多岐にわたります。また墳丘長が200mを超える巨大な前方後円墳は11基にも及んでおり、その規模や型式の多様さは日本列島の数ある古墳群の中でも突出した存在です。
ここでは両エリアの最も巨大な古墳2基について説明します。

百舌鳥エリア(仁徳天皇陵古墳)
百舌鳥エリアの中央部に位置する仁徳天皇陵古墳は、その墳丘長486m、濠を含めた全長840m、高さは後円部で34.8mの大きさを誇る日本最大の古墳です。墳丘は3段に築かれ、葬送儀礼の舞台である造り出しが両側に設けられています。
江戸時代の地誌によれば、後円部には埋葬施設があり、国内最大級の石棺があったとされています。また1872年には、前方部の南斜面で竪穴式石槨と長持形石棺が露出し、副葬品が出土しました。副葬品には、ほかに例を見ない銅板に鍍金(メッキ)を施した甲冑や西アジアからもたらされたとされるガラス製容器が含まれていたことがわかっています。
墳丘や濠からは円筒形の埴輪、人や動物の姿をかたどった形象埴輪が、造り出しからは須恵器の甕が出土しており、墳丘を装飾する円筒埴輪は2万9000本以上が樹立されたものと想定されています。ある試算によればこの古墳は1日2000人働いたとして、その築造に15年8か月以上の年月がかかったとされています。
堤上には、円墳である茶山古墳と大安寺山古墳が築かれており、濠の周囲には、前方後円墳である永山古墳、円墳である源右衛門山古墳、塚廻古墳、帆立貝形墳である収塚古墳、孫太夫山古墳、竜佐山古墳、菰山塚古墳、丸保山古墳、方墳である銅亀山古墳といった多数の古墳が近接して築かれました。

古市エリア(応神天皇陵古墳)
古市エリアの中央部に位置する応神天皇陵古墳は、墳丘長は425m、後円部の高さは36mで、日本で第2位の大きさを誇る古墳です。墳丘長では仁徳天皇陵古墳に劣りますが、墳丘の体積では第1位とされています。墳丘は3段に築かれ、両側に造り出しが設けられています。
墳丘の周囲には二重の濠が巡り、外濠の周囲には外堤も伴っています。内濠は東側で屈曲していますが、これは先行して造られていた前方後円墳である二ツ塚古墳を避けたためと考えられており、この部分の外濠は二ツ塚古墳の濠と一体化しています。
墳丘や濠からは多くの埴輪が出土しています。古墳を装飾した円筒形の埴輪は、総数2万本以上が設置されたものと推定されています。また、形象埴輪も多数出土しており、特に水鳥の形をした埴輪が数多く出土しているほか、魚や鯨、蛸等をかたどった土製品も出土しており、古墳で行われた儀礼の様子がうかがえます。
濠に近接して、円墳である誉田丸山古墳と前述した二ツ塚古墳が応神天皇陵古墳と一体的に造られています。そのほか濠の周囲には、いずれも方墳である東馬塚古墳、栗塚古墳、東山古墳が近接して築かれました。

百舌鳥・古市古墳群の魅力探訪
大阪府教育庁 文化財保護課 三好玄
資産のみどころ
百舌鳥・古市古墳群は、多数の古墳によって構成される資産です。堺市の百舌鳥、羽曳野市・藤井寺市の古市の二つのエリアに位置する総数49基が世界遺産登録されています。ここでは現地を訪れる際の参考として、主なみどころを紹介します。
百舌鳥エリアでは、堺市役所21階展望ロビーから、多数の古墳が密集している様子を一望することができます。日本最大の前方後円墳である仁徳天皇陵古墳(墳長486m)の途方もない大きさには圧倒されることでしょう。
日本第3位の大きさの履中天皇陵古墳(365m)の北側には、ビュースポットが整備されており、巨大古墳の墳丘を間近から見渡すことができます。また、ニサンザイ古墳(300m)では、堤の上を歩いて美しい鍵穴形の墳形を実感することができます。
いたすけ古墳(146m)は、1950年代に土取り工事によって破壊の危機にひんしましたが、市民による保存運動の結果、史跡として保存されたものです。現在も濠の中に残されている橋げたは、土取り工事が行われようとしたときの名残です。その他、大仙公園内にも多数の中小古墳があり、構成資産の形と大きさの幅広さを実感することができます。
古市エリアでは、近鉄土師ノ里駅から古市駅の間に連なって位置する大小の古墳の見学がお勧めです。
日本第2位の大きさの応神天皇陵古墳(425m)の北側の拝所に立てば、静謐な雰囲気の中で墳丘の迫力が感じられます。また、西側の史跡地(外濠外堤)からもその巨大な墳丘を望むことができます。
大型前方後円墳である墓山古墳(225m)の周囲には、野中古墳、向墓山古墳、浄元寺山古墳といった方墳が取り巻いており、主墳と付属墳の関係性の典型的な姿をみることができます。古室山古墳(150m)や大鳥塚古墳(110m)は、墳丘上へ登って見学することができます。特に古室山古墳の墳頂からは大阪平野を見渡すことが可能で、遠くからも目立つ場所を選んで古墳群が築造されたことがよく分かります。
そのほか、古市エリアの北西に位置する津堂城山古墳(210m)は、過去に巨大な石棺や多数の副葬品が出土しているほか、濠の中から島状の遺構と水鳥形埴輪がみつかるなど、重要な発見がありました。隣接するガイダンス施設でその成果を展示しています。エリアの南西にある峯ヶ塚古墳でも墳頂部の埋葬施設の調査が行われており、石棺の破片のほか、多量の副葬品が出土しています。出土品は、羽曳野市文化財展示室で展示されています。

博物館・ガイダンス施設
百舌鳥エリアの仁徳天皇陵古墳の近くに位置する「堺市博物館」(月曜休館)では、堺市内の古墳出土遺物や仁徳天皇陵古墳から出土した副葬品や埴輪のレプリカなど多数の資料が世界遺産の解説とともに展示されています。また、映像シアターやVRゴーグルを使った体験によって、上空からみた古墳の形や造られた当初の古墳の姿を理解することができます。
古市エリアの「アイセルシュラホール」(月曜休館)では、膨大な量の鉄製品が出土した西墓山古墳の切取り遺構を中心に藤井寺市内の古墳出土遺物等の展示を行っています。同じく古市エリアの「羽曳野市文化財展示室」(土日休館)では、羽曳野市内出土の多数の埴輪や峯ヶ塚古墳の副葬品などを間近に眺めることができます。また、個別の古墳のガイダンスとして、津堂城山古墳に併設された「まほらしろやま」(月火休館)があります。
そのほかの関連施設として、古市エリアから南東約6㎞に位置する大阪府立「近つ飛鳥博物館」(月曜休館)があります。この博物館は、古墳時代をテーマとし、築造当時の仁徳天皇陵古墳を150分の1で再現したジオラマを中心に、視覚に訴えかける展示が充実しています。古墳時代とその文化の体系的な理解のため、資産と併せて是非訪れていただきたい場所です。

周遊ルート
地元自治体では、今回紹介したみどころを含め、古墳群の現地を効率よく安全に周遊するためのルートを吟味し、その結果をウォーキングマップとして公表しています。マップには、所要時間やテーマを異にした複数のルートを紹介しており、これをパンフレットともに、主要駅や観光案内所、市役所やなどで配布しているほか、ウェブサイト(http://www.mozu-furuichi.jp/)にも掲載しています。ウェブサイトには、現地を巡る際に参考となる情報が満載ですので、是非あらかじめ御確認を。

百舌鳥・古市古墳群のこれから
大阪府教育庁 文化財保護課 地村邦夫
登録後の取組
大阪府、堺市、羽曳野市、藤井寺市が共同で百舌鳥・古市古墳群の世界遺産登録をめざす取り組みを始めたのは平成19年(2007)のことでした。以来12年、ついに登録が実現したことは大変喜ばしいことです。しかし登録はゴールではありません。百舌鳥・古市古墳群を永く守り伝えていくために、今後も様々な取組が必要となります。

資産を守る
百舌鳥・古市古墳群は市街地に広がっています。人々の暮らしの中に古墳がある、これは今日まで百舌鳥・古市古墳群が守られてきた大きな理由のひとつですが、同時に絶え間ない開発に直面しているということでもあります。
世界遺産の構成資産である49基の古墳は、国が管理する「陵墓」や、文化財保護法で指定される「史跡」です。陵墓は皇室の祭祀が行われ、静安と尊厳の保持を旨として管理されており、開発の懸念はありません。史跡も文化財保護法により、その価値に影響を与える工事などは厳しく制限されている上、地元市が史跡の保存管理計画を定め、資産の保護に努めています。また開発だけでなく、史跡の保存や活用を目的とした史跡整備事業についても、資産の価値に悪い影響を及ぼすことがないようにチェックする仕組みを整え、万全の保護を図っていきます。
一方、緩衝地帯(資産の保護のため、その周囲に設定することが求められている利用制限地域)においては、建物の高さ、色彩等の形態意匠、屋外広告物について規制をかけています。この規制を今後もしっかり運用するとともに、規制をかけたことにより不適格となった物件の解消を将来的に図ることによって、資産と市街地が調和したまちなみの形成を進めていきます。また緩衝地帯において、資産の価値に特に影響を与えるような開発事業をチェックする仕組みについても検討していきます。
なお、資産の価値に影響を与える要因は、こうした開発等の行為に限りません。濠に湛えられた水が、墳丘や堤を浸食したり、古墳に生えた樹木が台風などによって倒れ、遺構を傷つけたりすることもあります。日常管理をしっかり行うことによって問題の発生を未然に防ぐとともに、発生した場合にも早期に把握し、適切に対応することが必要です。

資産の価値を高める
もうひとつ注意しなければならないのが、資産として保護されている範囲の外に、濠や堤などが残っている場合があることです。これは本来、資産と一体のものですから、土地所有者の理解を得て史跡として追加指定をめざす、更に公有化を図ることによって、資産をより完全な形で保存し、その価値を高めることに努めていきます。

来訪者への対応
来訪者への対応も重要です。世界遺産に登録されたことで、百舌鳥・古市古墳群はこれまで以上に注目を集め、国内外からの来訪者は急増するものと思われます。そうした方々をスムーズに古墳群に案内するとともに、その価値への理解を深めていただくことが必要となります。インターネットなどでの情報発信、周遊ルートの設定やガイダンス施設の充実、誘導・説明の多言語化対応、そして現在も活発に活動されているボランティアガイドとの連携などを一層進めていきます。
その一方、来訪者の急増が、資産を傷めることにつながったり、住民の日常生活に支障を生じさせることがないようにもしなければなりません。

一元的な保存管理の仕組み
こうした取組は、関係機関が別々に進めても効果は限られています。そこで百舌鳥・古市古墳群では、資産の所有者・管理者である府、地元市、宮内庁による「百舌鳥・古市古墳群世界文化遺産協議会」を設置しました。文化庁や専門家の指導助言を受け、資産の保存管理に取り組む地元関係団体との連携も図りつつ、資産及びその周辺環境の保存管理を一元的に、着実に進めていきます。

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