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特集1
令和元年版 科学技術白書
基礎研究による知の蓄積と展開 ~ 我が国の研究力向上を目指して ~

文部科学省 科学技術・学術政策局 企画評価課

平成30年度の科学技術の振興に関する年次報告(令和元年版科学技術白書)が、令和元年5月28日に閣議決定され、国会に報告されました。今回の文部科学広報では、令和元年科学技術白書の「第1部」と「身近な科学技術の成果」について、御紹介いたします。

令和元年版科学技術白書について
科学技術の振興に関する年次報告、いわゆる科学技術白書とは、科学技術基本法第8条の規定に基づき、政府が科学技術の振興に関して講じた施策に関して国会に提出する報告書です。

令和元年版の科学技術白書は、次のような構成となっています。

第1部
基礎研究による知の蓄積と展開 ~ 我が国の研究力向上を目指して ~
イノベーションの源泉であり、科学技術の基盤である基礎研究について、その事例とともに紹介し、基礎研究による知の蓄積と、それら成果の展開による社会への新たな価値の創造について御説明しています。
第1章 新たな知を発見する基礎研究
第2章 基礎研究が社会にもたらす価値
第3章 基礎研究を支え、進展させる技術
第4章 研究成果の社会展開の促進
第5章 むすびに

第2部
科学技術の振興に関して講じた施策
平成30年度に政府が講じた施策を第5期科学技術基本計画に沿って報告しています。

身近な科学技術の成果(コラム)
私たちの暮らしの中において身近にある科学技術の成果やトピックに着目し、「身近な科学技術の成果」と題して紹介しています。紹介する成果やトピックは、国民の皆さまの身近なもの又は近い将来、身近なものになることが予想(期待)されるものを選定しています。

第1部
基礎研究による知の蓄積と展開 ~ 我が国の研究力向上を目指して ~
第1章 新たな知を発見する基礎研究
第1節.基礎研究の重要性
基礎研究は主に「真理の探究」、「基本原理の解明」や「新たな知の発見、創出や蓄積」などを志向する研究活動です。それは誰も足を踏み入れたことのない知のフロンティアを開拓する営みであり、研究者たちは絶えず独創的なアイデアや手法を考案し、試行錯誤を繰り返しながら、少しずつ未知を既知へと変えていきます。このため基礎研究は目に見える成果が現れるまで長い時間を要したり、その成果がどのような役に立つのかが直ちに分からなかったりすることが多いです。しかしながら、その結果として解明・創出された「真理」、「基本原理」や「新たな知」は、科学的に大きな価値があることはもちろん、既存の技術の限界を打破し、これまでにない革新的な製品やサービスを生み出すなど、私たちの暮らしや社会の在り方を大きく変える可能性を秘めています。
特に昨今、スマート化によってあらゆる製品やサービスの高付加価値化が進んだ知識集約型と呼ばれる社会への転換が起こっています。知識集約型社会においては多種多様な知をどれだけ糾合できるかによって将来の可能性や選択肢が変わってくるため、「真理の探究」、「基本原理の解明」や「新たな知の発見や創出」など、卓越した新たな発想を追求し、創造する知的活動である「基礎研究」の重要性はより一層高まっています。基礎研究の成果の蓄積と展開は、長期的な社会課題の解決や新産業の創出とともに、将来の社会や生活に全く新しい価値をもたらし得る社会発展の基盤です。

第2節.我が国の科学技術の基盤的な力の現状
我が国における科学技術の基盤的な力の現状やノーベル賞受賞決定を契機として、改めて基礎研究に対して焦点が当てられており、我が国の学術研究・基礎研究の持続的な成果創出の可能性をめぐっては、多くの課題が指摘されています。
我が国が将来にわたってノーベル賞級の国際的に傑出した成果を生み出す研究者を輩出し続けることができるのか。また、長期的な社会課題の解決や新産業の創出とともに、将来の社会や生活に全く新しい価値をもたらし得る基礎研究の成果を生み出し続けることができるのか。
その問いに答えるに当たっての出発点として、我が国の科学技術の現状を把握し、その問題点を認識するため、平成30年版科学技術白書でも取り上げた定量的指標を用いて、研究の量と質を表す論文数とともに、研究を支える研究資金、研究人材、研究環境等を中心に再度俯瞰しています。

1.論文数の現状 ~ 国際的なシェアの低下と高い研究領域への参加数の停滞 ~
近年、我が国の論文数の伸びは停滞し、国際的なシェア及び順位は低下しています。例えば、被引用数Top10%補正論文数の順位で比較すると、この10年の間に、日本は4位から9位に低下しています。
科学技術・学術政策研究所が作成しているサイエンスマップでは、論文データベースを用いて被引用数が世界で上位1%の論文を共引用分析することにより、国際的に注目を集めている研究領域を抽出しています。
各国が参画している注目度の高い研究領域を数字で見ると、世界の研究領域数は598領域から895領域へ拡大しています。主要国において、特に米国の参画領域数は多く、世界の研究領域数に占める割合は90%以上です。
また、英国やドイツの参画領域数は増加しており、世界の研究領域数に占める割合は50~60%程度を維持しています。中国は参画領域数及びその割合のいずれも増加しています。
一方、我が国の参画領域数は停滞傾向にあり、世界の研究領域数に占める割合は、サイエンスマップ2008では41%で、サイエンスマップ2014では32%へと9ポイント低下しました。サイエンスマップ2016では参画割合は33%となっています。

2.研究資金の状況 ~ 基礎研究を支える基盤的経費の重要性 ~
次に、国立大学法人、私立大学及び国立研究開発法人等の研究や教育を安定的・継続的に支える基盤的経費の推移を見ています。
国立大学法人運営費交付金については、平成16年度から比較すると減少していますが、近年は同水準で推移している状況です。また、私立大学等経常費補助金についても平成16年度から比較すると減少していますが、近年は同水準で推移している状況です。国立研究開発法人の運営費交付金については一時減少していましたが、平成27年度以降は増加しています。
これらの基盤的経費と同様に研究を支える主要な資金である競争的資金については、研究力及び研究成果の最大化や一層の効果的・効率的な活用が求められています。あわせて、基盤的経費及び競争的資金の双方についての改革と充実を図るとともに、政府の資金配分に当たっては、両経費の最適な組合せが常に考慮されることが必要です。また、研究が軌道に乗って大型の競争的資金を獲得できるようになるまでの研究期間における基盤的経費等による支援も重要です。

3.研究人材の減少 ~ 博士課程入学者の減少傾向 ~
研究の重要な担い手である博士課程の入学者数を分野別に見ると、平成29年度において、保健系が6,260人(42.4%)、工学系が2,362人(16.0%)の順に多くを占めています。理学系、人文科学系、社会科学系はそれぞれ1,000人程度になっています。経年変化を見ると、保健系と「その他」以外は全ての分野において、平成15年から減少、若しくはほぼ横ばいで推移しており、博士課程入学者総数としては減少傾向にあります。

4.研究環境の現状 ~ 研究時間割合の推移と研究支援者数の国際比較 ~
研究時間割合の変化を見ると、平成14年から平成20年までの6年間で、全分野平均で46.5%から36.5%に低下し、平成20年から平成25年までの5年間では35.0%に微減しています。一方、教育時間割合は平成14年から平成25年までの11年間で23.7%から28.4%に増加しました。また、社会貢献としての社会サービス活動時間は、研究成果の活用に関する技術相談等の研究関連、市民講座等の教育関連及び「その他:診療活動等」のいずれも平成14年から平成20年までの間で大幅に増加しており、平成25年までの間では特に「その他:診療活動等」の時間割合が大幅に増加しています。さらに、「その他の職務活動(学内事務等)」の時間割合については微減傾向にあります。
また、大学等の教員の研究や研究事務を補助する研究支援者の配置についても研究者の研究環境において重要な要素です。大学等における研究支援者数は、平成30年では研究事務その他の関係者が最も多く4.5万人、研究補助者が1.5万人、技能者は1.3万人です。研究事務その他の関係者、研究補助者は増加していますが、技能者はほぼ横ばいとなっています。
全体として、我が国の大学等における研究支援者数は増加傾向にありますが、我が国全体の研究者一人当たりの研究支援者数は、諸外国と比べて少ない状況です。
革新的な科学的発見は、研究者自身の不断の努力とその発想の独創性や斬新性から産み出されるものです。そのため、研究者がその能力を十分に発揮できる環境を整えることが重要となります。しかしながら、論文数、研究資金、研究人材や研究環境などの定量的指標をみると、我が国の科学技術の基盤的な力は相対的に低下傾向にあります。
我が国はこの現状をどのように捉え、次にどこへ進んでいくべきか。第2章からは、基礎研究が社会にもたらす価値や基礎研究を支える技術等について事例を交えながら具体的に紹介しています。今回、第1部を通じて、基礎研究による知の蓄積と展開についての意義と重要性について今一度考える機会としていただければと考えています。

第2章 基礎研究が社会にもたらす価値
研究者の斬新な発想や常識を覆す発見により新たな市場を創出したり、領域全体の進展により応用範囲が広がることで社会に大きな価値をもたらしたりした基礎研究の事例を取り上げました。本章で取り上げる事例の中で、研究者は純粋な知的好奇心や世界をより良くしたいという明確なビジョンに基づき、あえて困難な道に挑み、これまでにない新しい科学的な価値を創造しました。そして、その新たな価値が経済的・社会的なインパクトをもたらし、ノーベル賞をはじめ国内外で権威ある賞を受賞した研究も数多くあります。同時に、このような華々しい成果は、数多くの先行研究や類似研究を通じて研究者が互いに切磋琢磨する中で創出されたものであり、多様な基礎研究の支援が重要であることは言をまちません。

青色発光ダイオードの実現によるLED時代の到来
照明や信号機、液晶ディスプレイのバックライトなどで使用される発光ダイオード(LED)は、省エネ効果(一般電球の約1/8)に優れ、長寿命(同約40倍)です。このため、「21世紀はLED照明により照らされる」と言われており、世界のLED市場は2025年に約2兆円まで拡大すると見込まれています。かつて、高輝度の白色LEDの実現にとって最大の課題とされていたのは、高効率青色LEDの開発でした。光の三原色の中で唯一欠けていた高効率青色LEDを多くの研究者が不可能と考えていた窒化ガリウム(GaN)により実現させ、2014年にノーベル物理学賞を受賞したのが、赤﨑勇氏、天野浩氏及び中村修二氏の3氏です。
GaNは安定性が高く実用化に有利な点があるものの、高品質な結晶を得るのが難しく、多くの研究者は他の材料による青色LEDの開発を目指していました。一方、赤﨑氏は、日本の産業への貢献を目指し、GaNこそ青色LEDの開発に不可欠であると見定め、研究開発を進めました。赤﨑氏の研究室でGaNの高品質結晶を作製し、高効率な青色LEDとして発光させることに成功したのが、天野氏です。元日を除く364日実験に打ち込み、1年半で1,500回以上もの失敗を重ねた日々を、天野氏は「どうしたら結晶を作れるかと考えること自体が楽しくて、実験に明け暮れていた」と振り返っています。一方、日亜化学工業株式会社で研究を進めていた中村氏は、「競合他社が実現できない、全く独自のやり方で製品化しなければならない」という厳しいルールを自らに課しました。そして、市販の巨大な結晶作製装置を自ら大改造しては実験する日々を根気よく続け、青色LEDの製品化に成功しました。
3氏のたゆまぬ努力により実現した高輝度白色LEDは、太陽電池でも十分な明るさを長時間保てることから、ノーベル財団も「電力網へのアクセスがない15億人もの人々の生活の質の向上が期待できる」としています。また、私たちの日常を照らすだけでなく、内視鏡の光源や植物工場の照明などにも利用されています。さらに、GaNは、優れた物性を有するため、次世代の高速通信や電力制御のためのデバイスなどにも利用が広がっています。

体細胞の初期化(iPS細胞)による新たな再生医療実現の可能性
あらゆる臓器や組織を対象とした再生医療の実現にはいろいろな種類の細胞に変化できる多能性幹細胞が重要な役割を果たします。しかし、受精卵由来の胚性幹細胞(ES細胞)を用いる方法では、作製段階で胚を壊すという生命倫理面での課題や、移植される患者の免疫による拒絶反応のおそれがあるといった課題があります。それら課題の解決を目指し、患者本人の細胞から作製した多能性幹細胞による再生医療実現の道を切りひらいたのが、体細胞を初期化してiPS細胞を作製する手法を発見した山中伸弥氏です。
もともと整形外科医であった山中氏は、現在の医療では救えない患者を目の当たりにし、基礎研究を通じて患者を救うことを志しました。1998年に世界で初めてヒトES細胞が作製され、多能性幹細胞を用いた再生医療実現に道が開けたのと同時に倫理面での課題等が浮き彫りになりました。それをきっかけに、山中氏はこれらの課題を解決すべく、皮膚細胞を初期化してES細胞のような多能性幹細胞を作製するビジョンを掲げ、研究に打ち込みました。2006年に山中氏が発表した、わずか四つの遺伝子を導入することでマウスの皮膚細胞を初期化できるという成果は、当時の生命科学の常識を覆す画期的なものです。この成果により2012年に山中氏がノーベル生理学・医学賞を受賞したことは周知のとおりです。
我が国は2007年のヒトiPS細胞樹立の発表後、国を挙げて将来的な臨床応用も見据えた研究支援、安全指針や倫理規定等の基準策定に取り組んできました。この結果、2014年に世界初の臨床研究の事例として、iPS細胞から作製した網膜の細胞の移植が行われました。2018年にはiPS細胞由来の脳の神経細胞の移植も実施されたほか、心臓、脊髄、血小板、角膜など様々な臓器や組織等を対象とした臨床研究も計画されています。また、患者由来のiPS細胞を用いた病態解明や創薬研究も行われています。
iPS細胞による再生医療は、安全面やコスト、それらに対する国民理解など、まだまだ解決すべき課題は多くあります。しかし、再生医療の実現による社会的、経済的価値は非常に大きく、1日も早い成果の還元が期待されています。

超伝導の発見と医療、交通分野等での応用
超伝導とは、物質を冷やしたときに、転位温度と呼ばれる温度を下回ると電気抵抗が急激に低下し、ゼロに等しくなる現象です。その歴史は古く、オランダの物理学者オンネス氏が超伝導を発見したのは1911年です。超伝導現象を説明する理論が構築されたのは、それから40年以上経過した1957年でした。そして次のブレイクスルーが訪れたのはその約30年後、1986年の銅酸化物超伝導体の発見です。これは、初めて金属以外の超伝導体が発見されたこと、当時の理論で予想されていた転位温度の限界を大きく上回る転位温度(90K(約-180℃))を達成したことの2点において画期的な成果であり、高温超伝導研究を切りひらきました。2008年には東京工業大学の細野秀雄氏が超伝導に向かないとされる鉄を主体とする物質で高温超伝導現象を確認し、金属と銅酸化物系に次ぐ新たな元素による超伝導物質を発見しました。
超伝導の身近な応用例は、医療用MRI(核磁気共鳴画像法)や2027年に開業予定のリニア中央新幹線などが挙げられます。MRIは、生体に強くて均一な磁場をかけて生体の任意の断面画像を得る手法で、磁場を発生させるために超伝導磁石が用いられています。また、リニア中央新幹線では、車体に搭載された「超電導磁石」がガイドウェイの両側壁に設置された電磁石との相互作用により推進・浮上しています。このほか、未来のエネルギーといわれる核融合や未来のコンピュータとされる量子コンピュータにおいても、超伝導が重要な役割を果たしています。
超伝導は、発見から応用までに50年以上の歳月を要し、100年以上経過した今日でさえ、その全てを解明したとは言えず、基礎研究が続けられています。しかしながら、その成果は今日の社会に大きな価値をもたらし、また将来の私たちの生活を劇的に変える可能性を秘めています。これこそが基礎研究の本質であり、短期的な成果の有無に捕らわれず、息の長い取組を継続していくことが重要です。

第3章 基礎研究を支え、進展させる技術
基礎研究を支える重要な技術について事例を概観し、両者が車の両輪として機能し、基礎研究が進展している姿に触れます。基礎研究における仮説と検証は、様々な現象の背後にある法則を発見しようとするものです。これは真理の探究という言葉で表現され、これまでに多くの法則を解明してきました。どのような分野においても、計測や実験手法の限界に突き当たると基礎研究は進展しなくなります。この限界を突破する重要な要素の一つが、計測や実験手法の革新につながる新しい技術です。これまでにも、基礎研究における多くの課題解決のために新しい技術が期待され、実際に基礎研究は新しい技術によってフロンティアを拡大し、飛躍的かつ非線形な発展を遂げてきました。
顕微鏡の分解能の歴史を例とすると、顕微鏡の始まりは光学顕微鏡であり、その分解能の限界値は可視光の波長で決まり、約200nmでした。この限界を突破したのは電子顕微鏡です。電子顕微鏡では可視光の替わりに電子線を用い、その加速電圧を高くすることで分解能を0.1nmにまで向上しました。近年、電子顕微鏡の分解能を更に向上するために収差補正技術という新しい技術が開発され、分解能は0.05nmにまで向上しています。このように、顕微鏡の分解能は、電子顕微鏡の開発と、電子顕微鏡における収差補正技術という新しい技術により、これまでに2段階の非線形な発展を遂げています。
現在、基礎研究の最前線で用いられる最新の測定機器や実験装置の中には、我が国の世界シェアが比較的低いものもありますが、それらの中枢で用いられている先端の部品やデバイスについては、我が国は比較的高い世界シェアを獲得しています。これは、我が国の技術力が、世界中で行われている基礎研究の日々の進展に大いに貢献しているとも言え、今後、この強みを生かし、最新の測定機器や実験装置についても我が国の世界シェアを高めることが期待されます。また、近年の最先端技術には、非常に高価なものや、使いこなすためには高い専門性を求められるものが多数存在します。そのため、今後、それら最先端の技術を有効活用するためには、光学機器を共同利用するための体制と仕組み作りや、技術者の確保と育成が重要となってきています。

新しい物理学の扉を開いた検出器(光電子増倍管と超純水)
2002年(平成14年)、新しい視点で宇宙の謎に迫るニュートリノ天文学の扉を開いた功績により、小柴昌俊・東京大学名誉教授がノーベル物理学賞を受賞しました。ニュートリノは検出が非常に難しく、1930年に理論的に存在が予言されて以来、様々な検出方法や設備が世界中で検討されました。その一つが、1983年(昭和58年)に岐阜県神岡鉱山の地下に建設された「カミオカンデ」です。カミオカンデはもともと陽子崩壊を観測するために建設されましたが、鉱山の地下に大量の超純水を貯え、ごく稀にニュートリノと相互作用した際などに生じる微弱な光(チェレンコフ光)を光電子増倍管で捉えることが可能であり、ニュートリノの検出にも用いられるようになりました。
カミオカンデの設計が始まった当初、国内外のメーカーから入手できる光電子増倍管は、最大で3~5インチ径でした。しかし、競合グループを上回る結果を出すためには、より大きな光電子増倍管が必要であることが判明しました。そこで、20インチ径の光電子増倍管をメーカーに特注品で開発依頼をしました。この前代未聞の大きさの光電子増倍管の開発には様々な革新的なアイデアが盛り込まれ、依頼から2年半余りで開発が完了しました。
また、良好な測定精度を実現するには、貯える水は不純物を極限まで除去した超純水である必要があったため、何種類ものフィルターや浄水設備を新たにメーカーで開発する必要がありました。この二つの技術により、ニュートリノの検出につながる微弱な光を捉えることが可能となりました。
1987年(昭和62年)1月、カミオカンデがニュートリノ検出のための稼働を開始し、その約1か月後となる同年の2月23日、地球から16万光年先の超新星1987Aの爆発が突如観測され、その際に発生したニュートリノをカミオカンデで検出することができました。このときに検出したニュートリノは僅か13秒間で11個でしたが、エネルギー、方向及び検出頻度から、その発生源は1987Aであると特定できました。これは、小柴教授の定年退職の僅か約5週間前の出来事です。超新星爆発に伴うニュートリノの検出は人類初であり、この功績により小柴氏は2002年(平成14年)ノーベル物理学賞を受賞し、ニュートリノ天文学という新たな物理学の扉を開くことにもつながりました。
現在、カミオカンデよりも大規模で高性能な「スーパーカミオカンデ」が稼働しています。光電子増倍管も改良され、条件次第では月面から照射した懐中電灯の光をも検出可能です。スーパーカミオカンデにより、ニュートリノに質量があることを実験的に示すことができ、梶田隆章・宇宙線研究所長らの2015年(平成27年)のノーベル物理学賞受賞につながりました。さらに、スーパーカミオカンデよりも大規模で高性能な「ハイパーカミオカンデ」の建設が計画されています。その他、南極の地下の膨大な量の氷を用いたニュートリノ検出装置である「IceCube」も国際共同実験で稼働中であり、そこでも光電子増倍管が使用されています。スーパーカミオカンデと比較すると、ニュートリノの衝突対象がはるかに大きいので、より高エネルギーのニュートリノを検出することが期待されています。
なお、光電子増倍管はニュートリノの検出以外の多くの用途にも使われています。例えば、大気中の窒素酸化物や硫黄酸化物の濃度測定、自動運転向けのレーザーレーダー(LIDAR)、医療用PETやX線画像診断等が挙げられ、今後も多岐にわたる分野で重要な機器になると考えられます。

X線構造解析の効率を飛躍的に向上させる測定手法(結晶スポンジ法)
分子構造を正確に知ることは、自然科学研究における最重要かつ不可欠な基本工程です。単結晶X線構造解析法は分子の3次元構造を直接情報として与えてくれる最も信頼性の高い手法ですが、この手法には「試料の結晶化」という測定技術上の不可欠条件があります。単結晶の作成は試行錯誤の繰り返しであり、X線結晶構造解析の「100年問題」と言えるほどの難題を研究者に与えてきました。これを解決する画期的な測定手法が、東京大学の藤田誠・東京大学卓越教授らにより近年開発された結晶スポンジ法です。藤田氏は結晶スポンジ法を開発した功績により、2019年(平成31年)の恩賜賞・日本学士院賞受賞者に選ばれています。また、この技術の誕生の背景にある「配位結合駆動の自己組織化物質創製」の功績に対して、同氏はノーベル賞の前哨戦とも言われるウルフ賞を2018年(平成30年)に受賞しています。
結晶スポンジ法は、結晶スポンジと呼ばれる多孔性結晶に溶液状態の試料を流し込み、結晶を鋳型として試料の周期配列を作り出す手法であり、結晶化の工程を経ることなくX線回折の測定を行い、対象化合物の分子構造を観測できます。この「あらかじめ周期配列した空間に試料を流し込む」という原理により、同氏はX線構造解析の100年問題を解決しました。加えて、結晶スポンジ法では、微小結晶1粒を用いて回折実験を行えるため、測定に必要な試料の量を大幅に下げることができます。この特長は、自然界から微少量単離される成分の構造決定を行う天然物化学分野において大きく発揮され、短期間で数10件を超える天然化合物の構造決定がなされました。また、多数成分の混合物との親和性スクリーニングを組み合わせることにより、天然物単離構造決定のワークフローの効率が飛躍的に向上しました。
結晶スポンジ法の登場により、学術界はもとより、製薬企業を中心に産業界活用の機運が急速に生まれ、結晶スポンジ法発展研究の場を提供する東京大学社会連携講座の設立や、文部科学省の関連事業への技術移転が実現しました。今後も、分子が関与するあらゆる自然科学研究の発展に大きく寄与することが期待されています。

第4章 研究成果の社会展開の促進術
基礎研究による知の蓄積を社会や経済に展開していくための制度面やシステム面に関する最近の政府の取組を紹介しています。
科学技術が従来からは想像できないほど急速に進展し、革新的技術の登場がこれまで以上に経済や社会に影響を及ぼすようになる中、基礎研究の成果を活用し、迅速な社会実装につなげる機会を拡大するには、組織やセクターを越えて、知識・人材・資金が循環し、その各々が持つ力を十分に引き出すことができる仕組みを構築していく必要があります。また、迅速な社会実装の実現により、我が国の産業界が収益を確保し、再度その利益の一部が我が国の科学技術イノベーションの基盤的な力の強化に再投資されることで、自律的なイノベーションシステムが構築されるものと考えられます。
このため、我が国では、科学技術イノベーションの創出の活性化を通じた知識・人材・資金の好循環の構築を目的とした法制度改革や、企業の法人税額から試験研究費の額に応じて税額控除が受けられる研究開発税制の改正等の制度改革や研究成果の社会展開を促進するためのシステムの整備等が進められています。

第5章 むすびに ~ なぜ基礎研究の蓄積と展開が重要なのか ~
我が国の基礎研究については、世界的な存在感の低下が懸念される一方、輝かしい業績の蓄積とともに今後も大いに期待を抱かせる分野が少なからずあり、政府の取組も進められています。我が国の研究力を、今後どのように生かし、展開していくか、大きな岐路に立たされており、科学技術の成果を社会に還元するとともに、課題先進国としての対応を世界に先がけて示していくにはどうどうすべきか国民的な議論と共通認識の醸成が求められています。

「身近な科学技術の成果(コラム)」について
身近な科学技術の成果を紹介するコラムは本年度で3回目となります。ここでは、本年度に紹介した成果のタイトルだけを紹介します。
①人工知能が俳句を楽しむ? ~ 俳句の生成 ~
②人工知能で仕事を効率化 ~ 文章の要約 ~
③人工知能で誰でも作曲家になれる? ~ メロディ操作体験 ~
④人工知能・ロボットに意識の存在を感じたときに私たちはどうするか
⑤ベッドの上にいながら外出を可能とする分身ロボット
⑥外出が楽しくなる電動車いす
⑦近視も遠視も解決する網膜直接投影技術
⑧嫌な記憶が楽しい記憶に? ~ 神経細胞操作で体細胞を書き換える ~
⑨スポーツマンシップを守るドーピング検査の新たな「ものさし」
⑩私たちの生活を守るインフラ検査のハイパワーレーザーによる自動化
⑪最強を超えた糸・ミノムシ糸の工業繊維材料化
⑫年輪が見せる過去と未来 ~ 古気候学と歴史・考古学の融合 ~

「平成31年版科学技術白書・表紙絵デザインコンクール」について
文部科学省では、国民の皆様に科学技術をより身近に感じていただくとともに、科学技術についての関心を深める契機とするため、「平成31年版科学技術白書・表紙絵デザインコンクール」として科学技術白書の表紙等の絵及びデザインの公募を行いました。821件の応募作品の中から選考委員会による審査の結果、以下のとおり最優秀作品が決まりました。
最優秀作品をはじめ、受賞作品は令和元年版科学技術白書の表紙や裏表紙、中扉等に使用されています。

最優秀作品 ※学校及び学年は応募当時のもの
木村 摩尼さん
奈良県平群町立平群南小学校2年(小・中学生部門)
○本人コメント
真ん中のプリンは、特別なプリンです。そのプリンを食べたら、どの国の人ともお話できて楽しいです。
○選考委員コメント(所属・役職は選考委員会当時のもの)
四本 充(日本理科美術協会 代表理事)
バランスのとれた画面と明るい色使い、すばらしいです。アイデアも子供らしく夢のある作品になっています。
古堅 真彦(武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科 教授)
絵そのものに引きこまれる。また「プリン」というおいしいおかしと世界の人と話ができるという夢が楽しい。
南 育子(墨田区立業平小学校 指導教諭)
プリンが大好物なのでしょうか。一口食べることから楽しさが広がっていくのですね。描かれている動物、くだものがうれしそうです。
元村 有希子(毎日新聞科学環境部 部長)
たくさんの色を使って楽しい未来がぞんぶんに表現されています。こんな「とくべつなプリン」があったら皆幸せで戦争もなくなるね。

御案内
「令和元年版科学技術白書」
(発行:日経印刷株式会社、定価:2000円(税込))

※科学技術白書は文部科学省のホームページからも御覧いただけます。
(http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/kagaku.htm)

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